【要約】国家の品格

国家の品格
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国家の品格

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みなさんこんにちは。ヨムダケのYUMAです。
今回は藤原正彦さんの著書「国家の品格」を要約します。

YUMA

書店でたまたま手にとった本です。
タイトルが気になって読んでみたら、とても突き刺さる内容だったので要約してみました。

現在進行中のグローバル化とは、世界を均質にするものです。日本人はこの世界の趨勢に敢然と戦いを挑むべきと思います。普通の国となってはいけないのです。欧米支配下の野卑な世界にあって、「孤高の日本」でなければいけません。「孤高の日本」を取り戻し、世界に範を垂れることこそが、日本の果たしうる、人類への世界的貢献と思うのです。

「国家の品格」著:藤原正彦 2005年10月

2005年当時、私は何をしていたのだろうかと記憶をたどる。

中学生だった私は、グローバル化の波に溺れていたように思う。毎日PCを触っては、新しく目にする情報に一喜一憂していた。知りたい物事を検索すれば、一瞬でそれらを知ることができたし、世界中の人々の生活が「動画」という形で四角いモニターに映し出されていることに驚いていた。ときには戦争の映像(モザイクなどない、酷い映像)なども流れていた。言葉も分からぬままそれを見て、平和な日本とのあまりの違いに興奮していた。

その頃に比べて、私は少し大きくなった。頭も体も、中学生のときと比べれば進化している。だが、肝心な根底部分は今も変わっていないのではないか?とも思う。私は、今も昔もあまりに受動的だ。

著者が言うように、「孤高の日本」であれば、なんだかカッコイイと思う。だが、心のどこかで「それは誰か他の人が成し遂げること」で、自分には関係のないことだと、考えてしまっている。どうせ日本は変わらないよ、なんて無責任な言葉が浮かんでくる。自分も立派な日本人なのに。

著者は今の日本のあり方を真っ向から否定する。近代的合理性主義から脱却し、本来の日本のあるべき姿を取り戻すべきだ、と。そんな著者の言葉は、無責任な自分の胸に刺さり、なんだか熱くしてくれる。そんな本書のメッセージを、大きく3つの主張をベースにしながら、簡単にまとめておこうと思う。

  • 「論理」だけでは世界が破綻する
  • 「武士道精神」の復活
  • 「品格ある国家」の指標

それでは、本書をみていく。

「論理」だけでは世界は破綻する

「論理」だけでは世界は破綻する

著者はまず、「論理」とは完璧なものではない、と言う。
欧米の世界支配を確立した産業革命、およびその後の科学技術文明を支えた礎は「論理」と「合理」である。昔の「帝国主義」や現代の「資本主義」、「市場原理主義」なども、一本の「論理」の上に成り立っている。人は論理が完璧だと思えば思うほど、論理が全てを解決してくれると思う。その論理が間違っているのでは?と考えもしない。しかし、「論理」には、それ自体に内在する問題があり、これは永久に乗り越えることができない。

あらかじめ言っておくと、著者は思想家でも革命家でもない、数学者だ。その数学者が「論理」だけでは世界は破綻すると言う。それは、「論理」自体が問題を孕んでいるからだと。では、なぜ「論理」だけでは世界は破綻するのか。その理由は大きく4つある。

  • 論理の限界
  • もっとも重要なことは論理では説明できない
  • 論理には出発点が必要
  • 論理は長くなりえない

それぞれの理由を詳しく見ていこう。

論理の限界

これは実際にアメリカで起こってしまった例がある。

アメリカの高校では昔、英語(日本で言う国語)の時間に代わって、タイピングの授業を選択することができた。なぜなら、「社会人になったらみな仕事でタイプを打つ。だから高校のうちからタイプを学習することは良いことだ。」という論理があったから。その後、アメリカはどうなったのだろうか。結果、思惑通りにタイプを打つことができる学生は増えたものの、英語のスペルが読めない、正しく書けないなどの「打つべき英語」が崩壊してしまったのだ。

これはつまり、一つの結論を導くことができる。「論理を通してみても、それが本質をついているかどうかは判定できない」と言うことだ。

もっとも重要なことは論理では説明できない

この事実は、日常で私たちが感じることも多いと思う。例えばこんな風に。

なぜ、人を殺してはいけないのか

これは論理的に説明できない。人を殺しても良い理由を50個ほど見つけられるのと同じように、人を殺してはいけない理由も50個ほど見つけられる。人を殺してはいけないのは、「ダメなことだから」ということに尽きる。重要なことは論理的には説明できない。

論理には出発点が必要

論理と言うものを単純化して考えると、まず「A」があって、「AならばB」、「BならばC」というように、最終的には「Z」という結論に結びつく。この「Aならば」という場合の「ならば」が「論理」である。

ところが、出発点である「A」を考えてみると、「A」は「B」に向かって矢印がのびているけれども、「A」に向かってくる矢印はない。すなわち、この「A」は論理的帰結ではなく”常に仮説”である。そしてこの仮説を選ぶのは「論理ではなく、主にそれを選ぶ人の情緒」なのです。

そして、出発点が違えば結論が大きく異なるように、(バタフライエフェクトのように結論に近づくにつれて、それはより大きな違いになる)論理は重要ではあるけれども、出発点を選ぶということはそれ以上に決定的なことであるといえるのです。つまり、もっとも重要なのは論理ではなく、出発点を決める際の「人の情緒」ということになる。

論理は長くなりえない

数学的に言えば、論理の「AならばB」は、1か0かで判断できる。つまり、白か黒か。正しいか、間違っているかのどちらかである。

しかし、現実世界ではそうはいかない。世の中には1と0は存在しない。絶対に間違っていることなど存在しないし、反対に、絶対に正しいことも存在しない。「正直であることは良いこと」とされている現代でも、「やさしい嘘」があるように。

そして、このような1か0かと言う世界ではないとき、論理が長くなればなるほど、その論理は危うくなる。なぜなら、白でも黒でもない”グレー”を、何回も何回も掛け合わせることになるから。だんだんと、なんか怪しい論理だなぁと思うようになる。「AからB」には納得しても、「LからM」あたりになってくると、ほんとにそうなるかよ、と疑ってしまいたくなる。

だからこそ、現代では短い論理が喝采を浴びるようになっている。「小学校で英語を教える→英語がうまく話せるようになる→国際人になれる」という風に。論理が短ければ短いほど、人の心には響きやすくなる。ただし、最初のAが正しいことであるかどうかは疑わしい。小学生に英語を教えることが正しいことなのかどうか、本当のところは誰にも分からない。

武士道精神の復活

武士道精神の復活

以上、「論理」だけでは世界が破綻する理由をみてきたが、「論理」が蔓延るこの世界で、現代に生きる私たち日本人はどのようにすれば良いのだろうか。著者はここで画期的な提案をしている。それは、「武士道精神」を見直すことだ。本書の言葉を借りるのであれば、「情緒」や「形」と言ったものを見直していこう、ということだ。

論理とか合理を否定してはなりません。これはもちろん重要です。これまで申しましたのは、「それだけでは人間はやっていけない」ということです。何かを付加しなければならない。その付加すべきもの、論理の出発点を正しく選ぶために必要なもの、それが日本人の持つ美しい情緒や形である。それが私の意見です。

論理とか合理を「剛」とするならば、情緒とか形は「柔」です。硬い構造と柔らかい構造を相携えて、はじめて人間の総合判断力は十全なものとなる、と思うのです。

「国家の品格」藤原正彦

では、日本人の持つ情緒や形というのは、どういうものなのか?これはつまり、「もののあわれ」というものである。すなわち、人間のはかなさや、悠久の自然の中で移ろいゆくものに美を発見してしまう感性のことだ。

日本の国花である「桜」にも、この「もののあわれ」が実に見事に関係しているのがわかる。桜は通常、3〜4日で散ってしまう。きれいに咲いているのはほんのわずかな期間しかない。それに加えて、毛虫はつきやすく、表面はガサガサとしていて、桜の花びらがついていなければお世辞にもきれいな木とは言えない。

しかし、日本人は桜の花が咲く3〜4日に無常の価値を置いている。たった数日に命をかけて潔く散っていく桜の花に、人生を投影し、他の花とは別格の美しさを見出している。見事に散っていく様にまで、美を感じているのだ。

情緒を育む武士道精神

美的感受性や日本的情緒を育むとともに、人間には一定の精神の形が必要である、と著者は言う。

論理というのは、数学で言うと大きさと方向だけで決まるベクトルのようなものですから、座標軸がないと、どこにいるのか分からなくなります。人間にとっての座標軸とは、行動基準、判断基準となる精神の形、すなわち道徳です。私は、こうした情緒を育む精神の形として「武士道精神」を復活すべき、と二十年以上前から考えています。

「国家の品格」藤原正彦

武士道には慈愛、誠実、忍耐、正義、勇気、惻隠などがある。武士道については著:新渡戸稲造・訳:山本博文の「武士道」がわかりやすいと個人的には思う。

この武士道精神こそが、日本人が長年培ってきた情緒や形といった「道徳心」とも言えるべきものである。

この現代の日本人の根底に流れている「道徳心」を持って、私たちはどのような国家を目指すべきなのだろうか。

品格ある国家の指標

品格ある国家の指標

「論理」だけでは世界は破綻すること、情緒や形といったものが論理の出発点に置いては重要であることが理解できた。しかし、情緒や形を身に付ける、というのはやや抽象的でわかりにくい。これらを身に付けると、どのような国家になるのか?品格ある国家になるためには4つの指標がある、と著者は言う。

  • 独立不覊
  • 高い道徳
  • 美しい田園
  • 天才の輩出

それぞれの解説は控えるが、つまるところ、「合理」や「論理」というものに平伏さず、「自然」を敬い、「もののあわれ」や「美的感受性」といったものを今一度養うべきだ、ということだ。

日本は今、資本主義や市場原理主義といったものに侵食されている。昔の古き良き日本は姿を消し始めている。情緒豊かであったこの国は、いつの間にか合理的であることや、論理的であることを良しとする風潮に犯されている。四世紀間ほど世界を支配した欧米の教義が破綻を見せ始めている今、日本の情緒や形を取り戻し、世界に対して確固たる地位を築くべきである。

慣れない書評のため、読みにくい点が多々あるように思う。文章もまとまりがないし、主張もぼやけているだろう。それでも本書の内容が少しでも気になった方は、ぜひ読んでみて欲しい。きっと新たな視点からこの世界を見ることができるはずだ。

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